自然エネルギー分野で注目を浴びるベンチャー企業、パワーエックスが2022年6月、岡山県玉野市に日本最大級の蓄電池組立工場「Power Base」を新設すると発表しました。来年の2023年にテスト生産を開始し、2024年春の製品出荷開始をめざします。
洋上風力発電施設でつくられた電気を船舶で回収・運搬する事業で、自然エネルギーを加速的に普及させる――壮大な事業プランを発表して以来、大手金融機関やベンチャーキャピタル(VC)から出資を受ける一方、大手造船メーカー「今治造船」との資本業務提携や大手海運会社「日本郵船」との協業ほか、自然エネルギー関連企業との協業や資本提携を次々と決めているパワーエックス。
電気を船舶で運ぶ事業のどこが優れているのか、何が画期的なのか、そしてなぜ電気運搬船が完成する前に、蓄電池の量産工場を設立するのか、これまで発表されてきた内容をもとにわかりやすく解説します。
2本柱で進むパワーエックスの事業
パワーエックスは現在、2つの柱で事業を展開しています。ひとつは電気運搬船の開発と運用の事業(Power Transfer Vessel)であり、もうひとつが大型蓄電池の開発と製造事業です(Energy Storage Solutions)。
Power Transfer Vessel(出典:PowerX社プレスリリース 2022年1月31日)
それぞれの説明に入る前にまず、パワーエックスが計画する事業モデルの全体像について説明しておきます。
パワーエックスが実現しようとしている事業を一言でいうと、新しい洋上風力発電の仕組みづくりです。洋上風力発電とは、岸から遠く離れた沖合の海上に風車を設置し、風車が回転する力を利用して発電する施設のこと。海岸から離れた洋上では、陸地よりもはるかに強い風が吹くため、より多くの発電量が期待できるのです。
パワーエックスの構想としては、沖合100キロメートルの海域に、発電用の風車を複数設置し、各機が発電した電力を船で回収して別の場所に運ぶというもの。船で電気を運ぶという発想が、かつてない事業モデルとして注目されているポイントです。
具体的には、「浮体式」の洋上風力発電用の風車を複数並べ、その近くに洋上サブステーション(変電所)を設置。各風車が発電した電気を、ケーブルを通じてそのサブステーションに集めます。そこに電気運搬船を係留し、船に搭載した蓄電池にその電気を移した後、需要地の変電設備に向けて出航するという、壮大な事業計画です。
この事業を実現するために、同社では電気運搬船の開発・製造と、蓄電池の開発・製造の2つの柱で事業を展開しています。
前者の電気運搬船(PowerARK 100)は、いま第1号プロトタイプの設計に取り掛かっていて、2025年の輸送事業開始をめざしています。
もう一つの事業の柱は、電気運搬船に欠かせないコンテナ型の大型蓄電池の開発・製造(Power Max)です。
同社が蓄電池の工場建設を先行したのは、事業が全体として動き出すまでに、まだ数年はかかってしまうとの見込みから。そもそも日本では、洋上風力発電がほとんど行われてこなかったため(次項で詳述)、今後風車を一から設置しなければなりません。
広大な日本周辺の海域で風が強く、しかも風車を設置するための条件がそろったエリアを特定し、一つずつ風車を設置していくとなると、相応の年数がかかります。一方の電気運搬船の開発にも数年の時間がかかることが見込まれています。
そこでパワーエックスとしては、まず大型蓄電池で事業化を図り、事業基盤の構築と、資金力ならびに事業規模を拡大しておこうという狙いがあるようです。
新工場で開発するのは、EV車のためのバッテリー型EV急速充電器(PowerX Hypercharger)や定置用蓄電池、船舶用電池、家庭用蓄電池などを手がける予定です。
日本の洋上風力発電を阻む海底ケーブルの問題
脱炭素社会を実現するには、化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトが急務です。そして洋上風力発電はその切り札と言われています。
これまで日本で洋上風力発電が行われてこなかった理由の一つに、日本の沖合の水深の深さがあります。日本は海溝に囲まれた場所に位置しており、沿岸から少し離れると一気に水深が深くなることから、風車を立てることが技術的に難しいとされてきました。
2つ目の理由は、送電線の問題です。沿岸から数十キロ、あるいは100キロメートル以上離れた場所から電気を陸に届けるには、海底ケーブルが必要となります。しかし海底ケーブルの敷設には大規模な工事と膨大な予算がかかるため、どこの企業も簡単に手が出せなませんでした。さらに、海底の掘削工事は環境破壊につながる恐れがあり、結果的にグリーンエネルギーとは言えなくなることも高いハードルになっていました。
電気を送電線から解放する事業
そこでパワーエックスは発想を逆転させ、船で電気を運ぶことによって、洋上風力発電の最大のネックである海底ケーブルを使わない仕組みを考え出したのです。
しかしもう一つ問題があります。水深の深い場所にどうやって風車を設置するのかということです。これについては近年、風車の本体を海に浮かせる「浮体式」の開発が、実用化レベルの段階まで進んできています。これが完成すれば水深にかかわらず、風車の設置が可能になるのです。
それに加えてリチウムイオン電池の技術の進化によって、大型の蓄電池をつくることが可能になったことが、同社の事業構想を後押しすることになりました。
電気を船で運ぶことができるようになると、電気供給を巡る環境は一変します。というのも海でつながっている場所なら、どこにでも電気を“運ぶ”ことができるようになるからです。たとえば、どこかの地域で余った電気を、不足している他の地域に提供することも可能になりますから、石油のように他の国に輸出することも可能になるのです。
ある国で自然災害などによって発電施設が機能しなくなったという緊急事態に、他国から電力を供給するといったことも、できるようになるでしょう。
パワーエックスの事業の本質は、電線という制約から電気を解放し、好きな場所に届けられる自由度をもたらしたところにあるのです。
船だからこそ電気の運搬が可能
もちろん船ならではの制約も、当然ながらあります。船には天候に左右されるリスクがあり、飛行機や鉄道に比べてスピードも劣ります。
しかし人や貴重な物資を運ぶのならともかく、ただ航行するということだけに限っていえば、こうしたデメリットも大きな問題とは言えません。
船は大量の物資を運ぶのが得意で、しかも低コストで長距離を移動することができます。電気を大量に貯えて移動するには、大量の蓄電池が必要です。それほど大掛かりなものを移動させる上で、船はもっとも適した移動手段と言えます。
しかも船は安全な場所で待機さえしていれば、台風や大雨に見舞われても、地震や津波の際にも、浸水や土砂災害などの被害を受けることはありません。東日本大震災の時、沖合で待機していた船はほとんど被害を受けなかったことが知られています。その意味で、電力輸送ということに限れば、安全な移送手段だとパワーエックスはアピールしています。
電気が世界に流通する時代がやってくる
パワーエックスの創業者で取締役兼代表執行役社長 CEOの伊藤正裕氏は、「化石燃料から再エネにシフトする際に、電気の供給不足をなくすためにこの事業を役立てたい」と話しています。遅れている日本、そして世界の再エネシフトを大急ぎで実現させようと、この事業によって爆発的に洋上風力発電を増やすことを事業の目標に掲げているのです。
現在、日本の風力発電は日本の発電量全体の1%と微々たるものです。しかし水深の深い場所でも設置できる「浮体式」風車の開発が進んできた今、伊藤氏は、洋上風力発電は主要電源の一つになりえると言います。また、この事業で、石油のように電気も世界で売り買いできる可能性も見ているようです。
空想を現実にする卓越した経営感覚
とはいえパワーエックスはこの事業に際して、独自に新技術を生み出したわけではありません。電池そのものはリチウムイオン電池であり、電池のコアとなるセル部分は他社から調達します。パワーエックスが手がけるのは、他社が開発した技術や製品の組み合わせて、これまでになかった電気供給の仕組みをつくることなのです。
輸送船の製造も、日本のナンバーワン大手造船メーカーに委ねており、浮体式の風車も世界の大手企業が巨額の予算を使って研究開発したものを活用します。同社のオリジナは、電気を船で運ぶという発想力のみといっても過言ではありません。
パワーエックスは、最先端技術を組み合わせることで、まるでSF映画のような構想を実現しようとしている企業なのです。その意味では、似たようなことを考えた人は、ずっと前からいたかもしれません。それがようやく今、蓄電池や風車の技術と性能が追いついてきたということです。
Mega Power (出典:PowerX社プレスリリース 2022年8月3日)
パワーエックスが電気運搬船の事業プランを発表した当初、絵空事だと思った人は多かったようです。ところが今では、その発想に共感する人が増え、今では日本を代表するような企業や名だたる金融、商社、VC、造船、船舶輸送が手を組んでいます。
さらに壮大な事業プランを実現するにふさわしい、経験豊かな経営陣を揃えているところも彼の手腕と言っていいでしょう。パワーエックスの社外取締役にはテスラ元幹部で、スウェーデンのバッテリー大手ノースボルトのCOOを務めるパオロ・セルッティ氏や、米グーグル元幹部のシーザー・セングプタ氏らが名を連ねています。
それら経営陣とともに目を引くのは、プロダクトのデザインセンスのよさです。CGを使った事業構想の動画に登場する船やコンテナ型のバッテリーのデザインは、未来を感じさせるもので、洋上風力発電はかっこいい、というイメージをつくることに成功しています。
まず蓄電池の事業で収益基盤をつくる
今回新設される玉野の工場(パワーベース・Power Base)は、この事業の要となる大型バッテリーを量産する工場です。この施設で定置用蓄電池やEV急速充電器、船舶電池、家庭用蓄電池を開発し、2024年春に年間出荷開始予定。蓄電池生産ライン以外に、研究開発センター、オフィススペース等も敷地内に設置される予定です。
Power Base(出典:PowerX社プレスリリース 2022年6月23日)
パワーベースの設計は、「金沢21世紀美術館」、ルーヴル美術館の別館「ルーヴル・ランス」など、国内外に様々な建築物を手掛ける世界的建築家、妹島和世氏が手がけるとのこと。建設地となる岡山県玉野市の自然と調和させることで、地域の発展に貢献する斬新な生産拠点を目指しています。
海と山に囲まれた自然豊かなこの地で、まずは蓄電池の技術力を確立するとともに、事業基盤を構築し資金力をつけることを目指すパワーエックスにとって、このパワーベースは世界のエネルギーインフラを変革する、最初の一歩なのです。
文・構成/ 大島七々三