みなさんは農業が環境に与える負荷が意外にも大きいことをご存知ですか?例えば、世界の温室効果ガス総排出量のうち、およそ4分の1が農業に由来していると言われています(参考:農林水産省資料)。その背景には、効率性の追求から化学肥料を過剰に使用してしまうなどの現状があります。今回は、そのような農業の現状を打開すると注目されている新農法「アクアポニックス」を紹介します。
アクアポニックス(Aquaponics)は1980年代のアメリカ発祥の、養殖業(Aquaculture)と水耕栽培(Hydroponics)を組み合わせた農法です。高い生産性と環境配慮を同時に実現することができるこの農法は、「地球に最もやさしい究極のエコ農業」とも呼ばれており、近年では北米を中心に欧州やアフリカまで、世界中で導入が進められています。アクアポニックスとはいかなる農法で、日本ではどのような取り組みが進んでいるのでしょうか。
(参考:「アクアポニクスの海外市場動向。検索数の急増・ベンチャー企業の参入」植物工場・農業ビジネスオンライン)
アクアポニックスとはいかなる農法か
アクアポニックスは作物の水耕栽培装置と魚の飼育装置の2つからなるシステムです(下図)。まず、飼育槽の中を泳ぐ魚が餌を食べて排泄すると、排泄物は微生物によって分解され、作物の養分となります。次に、養分を含んだ水はパイプを通じて栽培装置に送られ、作物は養分を吸収し生長します。そして最後に、きれいになった水は再び魚たちが泳ぐ水槽に戻ってきます。このようにアクアポニックスでは、水を循環させることで魚も作物も同時に育てることができます。まさに、「自然界の物質循環を再現した農法」と表現することができるでしょう。
育てられる作物の種類は様々です。リーフレタスなどの葉物野菜やハーブ類が主流ですが、他にもトマトやイチゴ、メロンなどの果実類、さらにバナナやパパイヤなどの果樹まで育てることができます。他方で、魚は淡水食用魚が一般的です。ティラピア(別名イズミダイ)やチョウザメ、鯉などを飼育することができます。
アクアポニックスで育てられる作物と魚の例(出所:株式会社アクポニ)
アクアポニックスは作物の栽培に加えて、養殖業も兼ねていることが特徴であり、通常の農業に比べて複雑だという印象があるかもしれません。しかし、アクアポニックスは通常の農業形態に比べて多くの利点を備えています。
最大のメリットは生産性の高さです。例えば、通常の水耕栽培を営む上で不可欠な液肥(えきひ)の4kgはアクアポニックスを営む上で不可欠な魚の餌の23kgに相当します。そして、前者で収穫できるトマトは3株にすぎませんが、後者ではトマト8株に魚17kgを収穫することができるのです。そのうえ、後者の栽培期間は前者の2分の1に短縮させることができるとも言われています。(参考:「アクアポニックスとは」Plantform)
実施条件にも恵まれています。アクアポニックスは魚の飼育槽や濾過装置、水耕栽培用の野菜ベッドなどシンプルな道具立てで始めることができるため、農業機械などの大型投資をする必要がありません。さらには、装置の設置場所も屋内外を問わないため、特にハウスや建物内に設置する場合は天候の影響を受けにくく、通年で安定した生産が可能となります。市場ニーズに合わせた計画的栽培の結果、廃棄する生産物を減らすことにもつながるのです。
以下では、日本でアクアポニックスの普及に携わるスタートアップ企業を紹介していきたいと思います。
「さかな畑」の普及を通じて地球と人をHAPPYにする株式会社アクポニ
株式会社アクポニは「アクアポニックスで地球と人をHAPPYに」をミッションに掲げ、2014年日本初のアクアポニックス専門企業として誕生しました。専門企業として、アクアポニックスを始めたい法人や個人が必要とする製品・サービスを手広く揃えていることが強みです。
垂直構造の水耕栽培を実現した「水耕タワー」は、従来比較で7倍の栽培面積を確保することができます。土地の狭い都市地域での活用が見込まれています。そして水耕栽培装置と魚の養殖装置がユニット型となった「アクポニハウス」は、新規参入者が抱きがちな設備関連の不安を解消してくれます。
個人や家庭での利用に特化した製品も充実しています。同社ではECサイトから栽培容器や水槽、苗、生体稚魚、餌などを販売しています。特に、栽培キット「おさかな畑レクタングル・スクエア」はデザイン性にも優れており、庭先のインテリアにぴったりかもしれません。
創業社長の濱田健吾氏はアクアポニックスを「循環をつくるツール」と捉えていると言います。それは、単に農作物を生産するだけでなく、障害者雇用・インバウンド・教育との連携を通じて多くの人に社会的価値を提供していくこと、廃熱利用・昆虫飼育・水素エネルギーなど他のサステナブルな取り組みを第2、第3のループとして組み込んでいくことにほかなりません。
ゲームの開発技術をアグリテックに活かす株式会社スーパーアプリ
株式会社スーパーアプリは2010年の創業以来、Facebookインスタントゲームの配信やAIソリューション事業を展開してきました。そして2020年からは、デジタルサービス事業で培った技術を生かし、アクアポニックス向けIoTの開発を中心とするアグリテック事業に参入しています。
しばしばアクアポニックスの難点の一つとして挙がるのが、「農業と養殖業の両方の知識が必要であること」です。育てる野菜や魚種ごとに最適な水質は異なるため、特に大規模な事業にする場合は専門的な知見を有する人材が必要でした。この難点を克服するために同社が開発したのが「マナシステム」(下図)です。
マナシステムは栽培や養殖に必要な様々なデータを収集することで最適な育成環境を整える支援をします。センターモジュールに付属する種々の電極から、室温・湿度・照度・二酸化炭素濃度などの大気のデータ、そして水温・pH・溶存酸素量などの水質データを収集し、センターユニットに送信します。センターユニットでは送信されたデータに加え、周辺の天気や降水情報が記録されており、農家はそれらデータに基づいて給水・給餌・カーテンの開け閉めなどの環境制御をすることができます。
マナシステムは農家の負担を大きく軽減することに貢献します。その理由は、遠隔地からスマートフォンやタブレット端末でリアルタイムに状況を確認することができるためです。さらにサブスクリプションで校正済のセンサーが定期的に送られてくるため、機器のメンテナンス作業の手間も省くことができます。
2022年12月13日、同社は日本最大級(2,800平方メートル)のアクアポニックス農場「マナの菜園」の稼働を開始しました。マナシステムが導入されたこの菜園では、リーフレタスやロメインレタスなどの葉物野菜と、ティラピアやチョウザメの養殖からスタートしました。生産物は産直ECサイト「食べチョク」などで販売される予定です。
以上、アクアポニックスと関連するスタートアップ企業の紹介をしてきました。次世代を担うサステナブルな農業ということがわかっていただけたでしょうか。日本でも今回紹介した企業をはじめ、いくつかのスタートアップ企業が生まれていますが、その知名度は諸外国に比べてまだまだ低い状態です。都市農業や家庭菜園での普及を通じて、今後さらに発展していくことを期待しましょう。
文・構成/SD学生編集部(D.T)