気候変動への対策が世界のあらゆる企業に求められている今、化石燃料依存から脱却し、再生可能エネルギーにシフトすることが重要な経営課題となっています。再生可能エネルギーというと太陽光、水力、風力など、自然の力を利用した発電システムを思い浮かべる人も多いと思いますが、もう一つ期待されているのがバイオ燃料です。
日本でも一部地域のバスや運送用トラックに搭載されているほか、一般のドライバーの中にもマイカーに使用している人が増えています。最近ではジェット機にも国産のバイオ燃料が使用されるなど、バイオ燃料が次第に普及しています。そこで本稿では、バイオ燃料とは何か、世界でどのように活用されているのか詳しく解説します。
1 出張する社員に「炭素税」の“罰金”を徴収する企業が続々と登場
2015年にパリ協定が採択されて以後、すべての企業にCO2削減の取り組みが期待されています。そうした中、世界でも先進的なサステナブル経営で知られる米マイクロソフトでは、社員の出張に、出張中の二酸化炭素(CO2)排出量に基づいた“罰金”を徴収することで知られています。同社では早期から「社内炭素税」の仕組みを導入しており、その一環で仕事上の出張にも炭素税を課し、社員一人ひとりに脱炭素の意識を徹底しています。今年、同社では今年その税率をさらに引き上げたことで話題になりました。
マイクロソフトにならって、「社内炭素税」を導入する企業も世界では年々、増えています。
いまや世界各国の企業が事業規模や業種に合ったCO2削減策を模索していますが、その鍵を握るのは、エネルギーの選択です。日本では東日本大震災以後、火力発電への依存度が再び高まっていることから、再生可能エネルギーへのシフトが一層、世界から厳しく求められています。
そうした中、太陽光、水力、風力などを利用した発電システムと並んで注目されているのがバイオ燃料です。
運輸部門における世界の消費エネルギーに占めるバイオ燃料の割合は3%程度とまだまだ少ない状況ですが、欧米では以前からバイオ燃料の開発や実用化が進められており、将来的に、30%程度まで拡大すると予想されています。
それではバイオ燃料とはいったいどのようなものなのでしょうか。
2 トウモロコシ、サトウキビから家畜の糞尿、木質チップまで原料はさまざま
バイオ燃料とは、一言でいうと、バイオマスを原料にした燃料のことです。バイオマスとは、生物に由来する資源の総称。つまりバイオ燃料とは、生物由来の原料からつくられる燃料で、その原料にはさまざまな種類がありますが、「栽培作物系」と「廃棄物系」の2つに分かれます。
「栽培作物系」とは、サトウキビ、トウモロコシ、小麦、菜種、油やしなどの植物を原料とするものです。21世紀に入って、アメリカの農業関連企業が遺伝子組み換え技術によってバイオ燃料に加工しやすいサトウキビを開発し、大量生産したことで、一気に世界のバイオ燃料の製造量が増えました。
もう一つの「廃棄物系」は、家畜の糞尿や生ごみ、間伐材、食品工場の残渣、下水の汚泥、菜種油の廃食油などの廃棄物からつくられるものです。
ちなみに、石油や天然ガスなどの化石燃料は、バイオ燃料には含まれません。化石燃料ももとはといえば植物や動物などの遺骸が長い年月を経て化石になったもので、広い意味では生物由来と言えますが、再生できない有限の資源であることから、バイオ燃料のカテゴリーから外れています。
3 代表的な4種類のバイオ燃料を知る
バイオ燃料として代表的なものは、
①バイオエタノール
②バイオディーゼル
③バイオガス(メタンガスなど)
④バイオジェット燃料
の4つがあります。
①バイオエタノール
サトウキビの搾汁の糖質やトウモロコシのでんぷん質を原料とし、醸造酒をつくる際に用いられる発酵エタノール法という生産技術を活用してつくられます。その後のバイオテクノロジーの発達によって、細菌を使ったエタノールの生成法が確立され、生産効率が格段に上がっています。
バイオエタノールは、アメリカや南米ブラジルなどでガソリンの代替燃料として広く活用されており、そのほとんどが既存のガソリンに添加する形で利用されています。市場では、バイオ燃料配合の商品として販売されています。
②バイオディーゼル
菜種、大豆、アブラヤシなどの食用油にメタノールとアルカリ触媒を加えて生成される、メチルエステル(バイオディーゼル)のことです。通常のディーゼル燃料と比べて発熱量は若干低下するものの、従来のディーゼル燃料とほぼ同様の物理的性質が得られることから、軽油の代替燃料として普及してきました。ディーゼル車の多い欧州で1990年代はじめに開発された経緯から、欧州ではバイオエタノールよりバイオディーゼルが多く利用されています。
③バイオガス(メタンガスなど)
家畜糞尿や下水汚泥、生ごみなどの廃棄物を発酵させて生成するメタンなどのガスです。天然ガスの代替燃料として、発電に利用されたり、調理ガスなどにも利用されています。利用できる原材料の幅が広く、また処理に困っていた廃棄物を利用できることから、世界各国で技術開発が行われています。
④バイオジェット燃料
従来の石油系ジェット燃料に替わる植物由来のジェット燃料です。一般的に廃食油や生ごみ、たばこ、藻類、木材などの有機物から油成分を抽出してつくられます。2000年代に入って、世界各国の航空会社や航空機メーカー、燃料製造会社、空港などの関連業種で、バイオジェット燃料が開発されており、すでに欧米ではジェット機の燃料として実用化されています。それらのほとんどは、既存の石油系ジェット燃料に添加する形が主流です。
これら4つのほかに、世界で注目されているのが木質系バイオマスです。間伐材や廃材を細かく砕いてチップに加工し、それを発電や暖房燃料に活用したり、そのチップからパルプを製造する際に出てくる廃液(黒液)を燃料として活用されるなど、日本でも各地域で活用が進んでいます。
生産量の割合では、石油の代替燃料として使われている①バイオエタノールと②バイオディーゼルの2つが圧倒的に多く、それに比べて③のバイオガス(メタンガスなど)はまだまだ少ないのが現状です。④のバイオジェット燃料は、次世代バイオ燃料として登場したばかりで、普及はこれからといったところです。
4 バイオ燃料はなぜCO2削減効果がある?「カーボンニュートラル」を理解する
バイオ燃料を使うことで、どれほどのCO2削減効果があるのでしょうか。生物由来という響きから、燃やしてもCO2が排出されないのではと思っている人もいるかもしれません。しかしバイオ燃料も燃やせばCO2を排出します。
それにもかかわらず、なぜバイオ燃料が温暖化の抑制に有効なのでしょうか。その理由を知るには、「カーボン・ニュートラル」という考え方を理解する必要があります。
たとえばサトウキビやトウモロコシといった植物はその生育過程で、光合成によってCO2を吸収します。その植物を燃料として活用した場合、排出されるCO2量は、植物が光合成で吸収したCO2量と同等とみなされます。
つまり植物由来の燃料であれば、地球上のCO2の量は、プラスマイナスでゼロとなるわけです。このような考え方を「カーボン・ニュートラル」と言います。もちろん植物は再生可能であることから、サステナブルな燃料なのです。
5 急激な需要増で生まれた新たな課題
バイオ燃料の最大の特長は、バリエーションが豊富なところです。まずバイオマスが有機性資源であることから、個体、気体、液体と幅広い燃料を作り出せます。また太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギーで得られるのはおおむね電気や熱に限られますが、バイオマスなら輸送用燃料にもなるので、既存の化石燃料を使用していた装置や機器をそのまま利用できるうえ、石炭、ガソリン、軽油などとの混合利用も可能。またバイオガスは天然ガスの代替燃料にもなります。
このように他の再エネと比べて格段に利便性が高く、幅広い用途に使えるメリットがあるのです。
その半面、原料となる木材や収穫物、廃棄物などのバイオマスの収集や運搬が必要となることから、その過程でエネルギーやコストがかかります。ですからバイオ燃料の製造には、収集、運搬を含めたサプライチェーン全体での効率化や経済性向上が課題となります。
またバイオ燃料をつくるには、大量の食用の原料が必要になるため、食糧不足を招くリスクもあります。2000年代の後半以後、バイオ燃料に対する需要が急激に高まったことから、途上国に送る食用のトウモロコシが不足してしまう事態になったこともあります。
また燃料の原料となる大豆やアブラヤシの大規模農場をつくるために、CO2の吸収源である熱帯雨林が伐採され、森林減少が進む事態も起こっています。こうした本末転倒な事態を避けるため、非食用植物を利用したバイオ燃料やの開発が進められたと同時に、森林を守るためのさまざまな規制が各国で設けられています。
最近では世界の木質ペレットやチップが高騰し、国内で予定されていた大型のバイオマス発電計画が続々と中止に追い込まれる事態となっています。その背景には2022年の2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻の影響もあります。
ようやくバイオガスの製造プラントの建設が全国ではじまったばかりの日本ですが、さらに世界からバイオ燃料製造で後れをとることになるなど、原料を輸入に頼る日本の課題が浮き彫りになっています。
6 航空機用のバイオ燃料開発で注目される日本のベンチャー企業
冒頭でも触れた通り、日本は資源に恵まれていない国にもかかわらず、欧米に比べてバイオ燃料製造の取り組みは遅く、近年になってようやくバイオエタノールの生産を中心とした、バイオ燃料の量産化が進みはじめたところです。
そうした中、新世代バイオ燃料と言われるバイオジェット燃料の開発で日本の企業が話題になっています。その一つが、JALが複数の企業と共同で、回収した衣料品の綿を原料にしたバイオジェット燃料で、2021年から実用化されており、国内線定期便に搭載されています。
このSAFの分野では、ミドリムシが生成する油分を原料とするバイオジェット燃料を開発した日本のベンチャー企業、ユーグレナが世界から注目を集めています。すでに定期旅客運送を行うジェット機での飛行実験にも成功しており、実用化まで秒読み段階となっています。
ちなみにユーグレナはバイオジェット燃料の前に、バイオディーゼルを開発しており、今年の2022年から一般販売を開始しています。純国産バイオ燃料が国内のみならず海外でも使用されることで、世界のCO2削減に貢献することが期待されています。
世界的な潮流として、これから企業には自社の事業活動に留まらず、サプライチェーン全体で脱炭素を達成することが望まれています。そのためには取引先が使用するエネルギーにも目を配る必要があると同時に、個々の社員が移動にどのような交通機関を選ぶのか、といった個々の社員レベルにまで意識を浸透させることが求められています。
こうした時代の要請の中で、バイオ燃料へのシフトが企業経営にとって重要な課題になっているのです。
文・構成/ 大島七々三