こんにちは、学生編集部です。私は2023年9月から2024年5月にかけて、ヘルシンキ大学農学部のMaster’s Programme In Environmental Change and Global Sustainability(ECGS)(気候変動とグローバルサステナビリティ修士プログラム)にて交換留学をしていました。
皆さんは知っていますか?フィンランドはSDGsの達成度において2021年から4年連続で世界1位と報告されています。フィンランドを始めとする北欧諸国が上位に並び、日本は世界18位です。
(The Sustainable Development Report 2024:https://www.unsdsn.org/resources/the-sustainable-development-report-2024/)
SDGs達成に向けて世界の先頭を走るフィンランドの大学では、どのような”サステナビリティ学”の教育が受けられるのか、印象的な授業とともに紹介します!
「行動変容とサステナビリティ:個人のアクションが社会を変える力」~授業”Behavioural change and sustainability”から学ぶ~
特に印象的だった授業が” Behavioural change and sustainability(行動変容とサステナビリティ)”です。
個人の行動変化がサステナブル社会の実現にどうつながるのか、行動変容を起こすにはどのようなアプローチが効果的なのか、という課題に興味を持っている私には持ってこいの授業でした!この記事では、学んだ内容の一部を紹介していきます!
サステナビリティトランスフォーメーションが起きる3つの領域: three sphers of transformation (O’Brien & Sygna, 2013)
Sustainability transformations are “fundamental, system-wide reorganisation across technological, economic and social factors, including paradigms, goals and values, needed for the conservation and sustainable use of biodiversity, long-term human wellbeing and sustainable development” ([10]:1).
和訳:サステナビリティトランスフォーメーションとは、生物多様性の保全と持続可能な利用、長期的な人間のウェルビーイング、そして持続可能な開発のために必要とされる根本的・全面的な再編成であり、その変革は技術的、経済的、社会的要因(パラダイム、目標、価値観を含む)において行われる。
気候変動や生物多様性の危機など、さまざまな問題が迫っている今、私たちは社会のあり方を根本から変えて、持続可能な方向に再編成する必要があります。技術や経済、社会全体を含めた大きな変革が求められています。徐々に進む小さな変化・転換(トランジション)ではなく、大きく一気に進む「トランスフォーメーション」が求められているのです。
そして、サステナブルな社会を創り出すトランスフォーメーションは「サステナビリティトランスフォーメーション」と言います。
では、そもそもトランスフォーメーションは何を通じて起きるのでしょうか?
社会で大きな変革”トランスフォーメーション”が起きるためには、3つの重要な領域での変化が必要だとO’Brien & Sygna (2013)は提唱しています。
- パーソナルな領域 (Personal Sphere)
- 例:ひとりひとりの意思や価値観など
- 政治的な領域 (Political Sphere)
- 例:社会の仕組みや構造、法律
- 実際的な領域 (Practical Sphere)
- 例:具体的な行動、戦略、技術的な対応など
例えば、ある国で持続可能なエネルギー利用を進める場合は、
- パーソナルな領域では、国民が従来の安いエネルギーよりも、環境に優しいエネルギーを好むように価値観を変えることが必要です。
- 政治的な領域では、例えば、ソーラーパネルの普及を促進するための法律や経済的な支援が求められます。
- 実際的な領域では、例えば、ソーラーパネルを導入するなどの具体的な行動が必要です。
このように、社会全体に大きな変化を起こすためには、3つの領域でのトランスフォーメーションが必要です。ただし、それぞれの領域での変化が社会に与えるインパクトの大きさは異なります。では、どの領域での変化が最も社会に大きな影響を与えるのでしょうか?
Meadows (1999)は、「レバレッジ・ポイント」という概念を提唱しました。これは、システムの中で「小さな力で大きな、持続的な成果を生み出せる場所」を指します。レバレッジとは「てこ」のことですが、社会のトランスフォーメーションにおいても、少しの力でシステム全体を大きく動かせるポイント(レバレッジポイント=てこの作用点)が存在します。
Meadows (1999)の考えによると、社会システム全体に最も大きな影響を与えるのは、社会システムの「目標」や「パラダイム=物事の捉え方」を変えることです。これらは「パーソナルな領域」と特に強く関連しており、個人の信念や価値観の変化が、最終的に社会全体のシステムに大きな変革をもたらす可能性があります。
例えば、社会全体が持続可能なエネルギーを選ぶことを価値として受け入れるようになれば、政策や技術的な変化も促進され、全体的なトランスフォーメーションが加速します。つまり、パーソナルな領域での変化が、他の領域における変化を引き起こし、社会全体に大きなインパクトを与えることができるのです。
さて、”Three spheres of tranformation”と”Leverage point”は社会レベルの変化を引き起こすモデルを説明しますが、個人レベルの変化を起こす場合、その仕掛けはどのように説明できるのでしょうか。
COM-B モデル:『Capability: 能力』『Opportunity:機会』『Motivation: 動機』が『Behaviour : 行動』に変化をもたらす
社会がサステナブルな方向へ前進するためには、個人の行動変容も大切です。
使ったものをすぐに廃棄せずリユースしたり、牛肉の消費を控えたり、車の使用を控えたり、個人でもできる”トランスフォーメーション”は沢山あります。では、どうすればそのようなサステナブルな行動を起こすことができるのでしょうか。
ここで役立つのがCOM-Bモデルです。このモデルは、行動(Behaviour)が発生するために、能力(Capability)、機会(Opportunity)、そして動機(Motivation)の3つの要素が必要であると説明します。それぞれの要素が揃うことで、個人が持続可能な選択を行い、社会全体の変革に貢献することができます。
例えば、持続可能なエネルギーを使うためにソーラーパネルを導入しようとする場合を考えましょう。
Capability(能力): ソーラーパネルの設置に関する基本的な知識を持ち、技術者に依頼するための資金もある。
Opportunity(機会): ソーラーパネルを導入する設置業者が近隣に存在する。屋根に十分なスペースがある。
Motivation(動機): 環境への貢献に対する強い関心があり、長期的に電気代を節約できるという経済的な動機もある。
このように、C, O, Mの3つが揃った結果、ソーラーパネルを実際に導入するというBehaviour(行動)が実現します。
COM-Bモデルは、このように行動変容を理解し、促進するための効果的なアプローチを提供します。個々の行動が積み重なることで、最終的には社会全体のトランスフォーメーションに貢献することが期待されます。
このアプローチは、個人だけでなく、企業や団体がサステナブルトランスフォーメーションを起こす際にも同様に適用できます。企業が持続可能なビジネスモデルに移行するためには、従業員や消費者の行動変容が重要です。例えば、持続可能な製品を開発し、市場に浸透させるには、従業員がその価値を理解し、推進する能力(Capability)を持ち、経済的インセンティブや市場環境が整っている機会(Opportunity)が必要です。また、消費者がその製品を選ぶ動機(Motivation)を持つことが重要です。
このように、COM-Bモデルは、個人から企業、さらには社会全体にわたるトランスフォーメーションを促進するための有力なツールとなります。
以上、サステナビリティと行動変容~ひとりひとりの意思が世界を変える~【前編】でした。
【後編】では、「COM-Bモデル」をさらに深堀り、実際に社会で行動変容を起こしていくにはどのような”介入機能”や”政策カテゴリー”が必要になるのか分析するツール「Behaviour Change Wheel」や、フィンランドの大学の授業でこれらのツールを用いて実際に行われたグループワークについて紹介します。
最後までお読みいただきありがとうございました!
後編はこちら。
文・構成・写真/SD学生編集部(M.M)