こんにちは、学生編集部です。私は2023年9月から2024年5月にかけて、ヘルシンキ大学農学部のMaster’s Programme In Environmental Change and Global Sustainability(ECGS)(気候変動とグローバルサステナビリティ修士プログラム)にて交換留学をしていました。
サステナビリティと行動変容~ひとりひとりの意思が世界を変える~【前編】では、ヘルシンキ大学での授業” Behavioural change and sustainability(行動変容とサステナビリティ)”にて学んだ「サステナブルトランスフォーメーション」、「レバレッジ・ポイント」、「COM-Bモデル」について紹介しました。
【後編】では、「COM-Bモデル」をさらに深堀り、実際に社会で行動変容を起こしていくにはどのような”介入機能”や”政策カテゴリー”が必要になるのか分析するツール「Behaviour Change Wheel」や、フィンランドの大学の授業でこれらのツールを用いて実際に行われたグループワークについて紹介します!
行動変容を支える介入機能と政策カテゴリーを分析するBehaviour Change Wheel
BCWフレームワークは、行動を3つの重要な要素(能力、機会、動機)の中心に位置づけています(COM-Bモデル)。これらの3つの要素それぞれには、以下の2つの側面があります。
- 能力(Capability): 心理的能力(Psychological Capability)と物理的能力(Physical Capability)
- 機会(Opportunity): 社会的機会(Social Opportunity)と物理的機会(Physical Opportunity)
- 動機(Motivation): 自動的動機(Automatic Motivation)と反射的動機(Reflective Motivation)
この中心要素を取り囲むように、1つまたは複数の条件における欠陥を解決するための9つの介入機能があります。これらの9つの介入機能は、教育(Education)、説得(Persuasion)、報酬(Incentivization)、強制(Coercion)、訓練(Training)、支援(Enablement)、模範(Modeling)、環境再構築(Environmental Restructuring)、制限(Restrictions)です。
さらに大きな円が介入機能を取り囲んでおり、7つの政策カテゴリで構成されています。これらの政策カテゴリは、環境/社会的計画(Environmental/Social Planning)、コミュニケーション/マーケティング(Communication/Marketing)、立法(Legislation)、サービス提供(Service Provision)、規制(Regulation)、財政措置(Fiscal Measures)、ガイドライン(Guidelines)です。これらの政策カテゴリは、介入機能が実施されるためのより広範な人口レベルの戦略を示しています(Mangurian, C et al. 2017)。
Behaviour Change Wheelを用いたグループワーク:インタビュー相手の行動変容の阻害・促進要因を分析
授業「Behavior Change and Sustainability」では、特定の行動変容(例えば、ヴィーガン食、持続可能なエネルギー、リサイクル)を選び、同じ行動変容を選んだ他の学生とグループを組み、グループワークを行いました。グループメンバーそれぞれが、選んだ行動変容について知人にインタビューを行い、BCWフレームワークを用いて行動変容を阻害・促進する要因や、促進するために必要な介入機能、政策カテゴリーを分析し、授業内で発表するというものです。
実際に私は、「ヴィーガンになること(動物由来の食品を食べないこと)」を対象の行動変容とし、ベジタリアン(肉・魚は食べないが、乳製品などは食べる食スタイル)の友人にインタビューを行いました。彼女はベジタリアンを数年続けているものの、ヴィーガンには至れていないとのことでした。
- Capability(能力)「ヴィーガンを実践することにより、どのようなメリットがあると思いますか。」(行動を裏付ける知識があるか否か)
- Opportunity(機会)「ヴィーガンを実践する必要があったとき、どれくらいの頻度でヴィーガンオプションを手に入れることができましたか?」
- Motivation(動機)「ヴィーガンを実践する場合のモチベーションは何ですか?」
など、C,O,Mそれぞれの分野において質問(上記は一部)を行い、なぜベジタリアンになったのか、また、なぜヴィーガンにはなれないのか、要因をインタビュー結果とBCWフレームワークに基づき、分析しました。
分析の結果、インタビュー対象者がベジタリアンになるのを後押しした要因は複数あることがわかりました。
- 彼女は、動物性食品を控えることで環境や動物に良い影響を与えられることに感動し、それに強く動機づけられています(反射的動機:Motivation)。
- また、ヴィーガンの家族と一緒にホームステイした経験が、彼女に深い影響を与え、その記憶が彼女の行動の継続を支えています(記憶=心理的能力:Capability)。
さらに、BCWフレームワークを使って分析したところ、彼女の行動変容が、彼女自身が意識していない多くの要因によっても支えられていることがわかりました。たとえば、コミュニティ内ではベジタリアンオプションを簡単に手に入れられること(物理的機会)、環境に配慮した食事に切り替えようとする社会的なトレンド(社会的機会)、現在は新しい食習慣=ベジタリアンに慣れていること(自動的動機)などがその要因です。
一方で、彼女はヴィーガンにはなれない要因についても言及しました。
- ベジタリアンに比べると、ヴィーガンのオプションの種類や入手しやすさには限りがあること(物理的機会:Opportunity)
- ヴィーガンオプションは比較的高価であること(物理的機会:Opportunity)
- 卵や乳製品を好んでおり、断ち切ることは難しいこと(自動的動機:Motivation)
これらが彼女にとって、ヴィーガンになるという行動変容の障壁となっているとのことです。
フィンランドのスーパーマーケットでは、必ず「vege」コーナーが設けられており、ヴィーガンやベジタリアン向けの植物性食品が豊富に取り揃えられています。しかし、非VEGEの食品に比べると、その種類の豊富さや価格面でまだまだ制約があるようです。
ここで、BCWフレームワークを参考に、阻害要因を解決するような介入機能や政策カテゴリーについて考えてみましょう。
たとえば、「ヴィーガンオプションが”通常”の商品に比べて高価である」という物理的機会における課題は、「ヴィーガンオプションを購入した人にはバウチャーを付与する:報酬(Incentivization)」の介入機能によって解決できるかもしれません。また、その介入機能はマーケティング(Marketing)の政策カテゴリーによって裏付けられるでしょう。
実際に、ドイツやチェコ共和国の大手チェーンスーパーマーケットでは、「”プラントベースフード”を購入した人には同店のアプリ上でバウチャーを付与し、環境と健康にやさしい食の選択を後押しする」キャンペーンが行われているようです。
(参照:Local incentives: Helping customers make sustainable purchases, Ahold Delhaize)
BCWフレームワークを参考にすることで、「能力」「機会」「動機」のどれに課題があるのか、そして、その課題をどのような介入機能や政策カテゴリーによって解決していけば良いか、体系的に考えることができます。
いま、この記事を読んでいる皆さんの中には
「サステナブルな生活をしたいのに、何から始めればいいのかわからない」
「企業でサステナブルな取組みをしたい・始めたいのに、なぜかうまくいかない」
そんな悩みを抱えている方もいるかもしれません。
ぜひ、COM-BモデルやBCWフレームワークを使って、じっくり考えてみませんか?