DATAFLUCT(データフラクト)はデータ分析の先端技術を活用してサステナブルな社会の実現を事業目的に掲げるスタートアップ企業です。B to Bの事業を中心としながらも、個人のCO2排出量を管理する環境価値流通プラットフォーム「becoz」や、人口減少などの課題に対応する効率的な街づくりを提案する「TOWNEAR」などを展開。今回SD編集部は、このDATAFLUCTを訪ね、「becoz」や「TOWNEAR」の概要と、それぞれの事業に込めた思いを担当者にうかがいました。
自分の暮らしで排出されたCO2量が一目でわかるプラットフォームbecoz
今月かかった電気代やガス代、洋服代などを入力する。もしくは専用のクレジットカードに申し込む。すると、1か月に自分が排出した二酸化炭素(CO2)の量を自動で算出される――そんなWebサービスが登場しています。それが、AIなどのデータサイエンスの技術を持つDATAFLUCTが手がける環境価値流通プラットフォーム「becoz」です。
becozは今年、サービス第一弾として「becoz wallet」をリリース。becoz walletは、「エネルギー」「移動」「娯楽」……といった9つのジャンルの質問に答えを入力すると、その月に自分の生活で排出されたCO2量の目安を表示してくれる、登録無料のWebサービスです。
「ある調査結果から、日本には脱炭素の意識が高い人が多く何か行動したいと思っている人も多い半面、何をしていいかわからず行動できない人が多いことを知りました。そこで私たちのデータ分析技術で、人が行動するきっかけを作りたいとの思いでbecozを手がけています」
そう語るのはbecoz 事業責任者の吉岡詩織さん。一人ひとりが自らの生活で排出されるCO2量を数値で把握できる“ものさし”を提供することで、すべての人が環境を意識した行動や習慣に変えてほしいと話します。
このbecoz walletに続いて投入したのが、セゾンカードとの提携クレジットカード「becoz card」の発行です。これはカードの買い物履歴からCO2を自動的に算出するというもので、becoz walletの利用者がbecoz cardに加入して連携すれば、walletのCO2データが毎月、自動でアップデートされます。
DATAFLUCTでは以前から、世界で初めて各種カードの利用明細からCO2排出量を考慮、査定するインデックスを開発したスウェーデンのグローバルフィンテック企業、Doconomyと提携しており、becoz cardのCO2排出量の算出にはDoconomyのアルゴリズムが使用されています。
特筆したいのは、becoz walletがカーボン・クレジットを購入できる機能も備えているところ。自分が排出したCO2量に応じたカーボン・クレジットを購入することで、個人でカーボン・オフセットができるのです。今後はCO2排出量をさらに減らすレコメンド機能も加える予定で、ユーザーに「環境価値」の高い生活を提案するシステムを構築したいと言います。
DATAFLUCTは2019年創業。いわゆるJAXAベンチャーの1社で、人工衛星から送られてきた衛星データをもとに、地上の車や家屋を検出できる衛星画像検索や、特定エリアのCO2濃度を地図上に色分けして表示するシステムなどを手がけるところから事業をスタート。
それ以後は自社のデータ解析・分析の高度な技術力を生かし、活用しづらい画像・動画・音声・テキストなどの「非構造化」データを、ノーコードでテーブル形式の「構造化」データに変換できるクラウドデータプラットフォーム「AirLake」や、外部データ+機械学習による需要予測サービス「Perswell」といった独自のシステムを開発してきました。
これらを組み合わせれば、従来ならデータサイエンティストなど専門家に頼るしかなかった精度の高い需要予測や柔軟な価格設定(ダイナミックプライシング)を内製化できるため、業務効率化や最適化を図りたい企業から注目を集め、ユーザー数を増やしています。
このようにDATAFLUCTではB to Bを主軸にビジネスを展開しながらも、同時にbecozなどの一般向けサービスを進めています。その背景にはベネッセ、マクロミル、リクルートグループ、⽇本経済新聞など、B to Cの分野でキャリアを積んできた創業者の久⽶村隼⼈代表取締役CEOの「持続可能な未来を、アルゴリズムの共有で実現したい」との想いがあると言います。
経済価値に変わる環境価値という基準
becozでは、今後、水道光熱費や家電利用などの住宅データ、移動データ、購買データという3つの領域におけるCO2排出量を測定、記録するとともに、環境価値という観点から新しい選択肢をレコメンドする機能を付加する仕組みを構築する構想で、さまざまな企業と共同開発を行っています。
その一つが、自動車の移動時にかかるCO2排出量や、燃費の良さを測定し、その結果をスマートフォンのアプリで表示することでエコドライブを促すというもの。カーナビゲーションシステムを手がける大手メーカー、パイオニアと共同で開発しています。
「人の移動はCO2が排出されるポイントですが、購買データに反映されないところなので、ここを把握することが重要だと考えています。走行中にCO2の排出量が表示される機能はもとより、同じ目的地に行く際にCO2量の少ないルートや時間帯を案内する機能なども加えたいと考えています」(吉岡さん)
その他にも、素材メーカーのDIC社と共同で資源再利用商品を購入したり、資源の回収に貢献したりした際の排出量削減分を測定する仕組みの開発を進めているとのこと。単にCO2量を示すだけでなく、リサイクルやリユースに繋がる買い物や廃棄などをレコメンドすることで、ユーザーに一層エコに繋がる行動を促すものにしたいと言います。
今後の課題は、電気やガスなどのエネルギーに関するデータをいかにbecozに取り込めるかというところ。
「電気やガスのデータを取り込める形がまだ見えていないんです。何由来のエネルギーなのかということまで判別できるようにするまでには、少しハードルがあります」(吉岡さん)
課題を抱えながらも、エネルギー消費のあり方とCO2排出量を提示できるようにしたいという吉岡さんですが、その一方で「数値算定の精度を突きつめるよりも、生活のあらゆるシーンでCO2削減を意識して、それを行動に移してもらえる工夫のところがもっとも大事だと思っています」と言います。
そこで今、開発に取り組んでいるのは、人が自らのアクションによって達成したCO2排出量をポイントに換算するなど、CO2削減を環境価値として認識できる仕組みだそうです。
「これまで私たちは経済価値を基準にした消費生活を営んできましたが、そこに環境価値という基準を加えたいと思っています。私たちが目指すのは、だれもが1つ、CO2管理のアプリのアカウントを持ち、環境価値の高い生活を送っている人が社会で優遇されるような社会の実現です」(吉岡さん)
CO2削減を環境価値として認識するしくみ
しかし企業でさえ脱炭素の施策に頭を悩ましている昨今、一般の人がそこまでの管理をしたいと望んでいるのでしょうか。
「残念ながら今すぐCO2排出量を家計簿のように管理したいという人は、圧倒的に少ないだろうと個人的にも思っています」と吉岡さん。しかし、いずれ需要は高まると確信しているようです。
その根拠となっているのが、2022年6月にbecozが開催したイベントでの光景でした。
「わずか2日間ではありましたが、脱炭素に関心を持っている人が予想以上に多く、その熱量の大きさを肌で感じました」(吉岡さん)
同社では「becoz wallet」と「becoz card」の普及のため、今年6月4、5日の2日間、東京の恵比寿ガーデンプレイスで「Carbon Neutral Alternatives(カーボンニュートラル オルタナティブズ) 脱炭素の未来をつくる、 あたらしい選択肢」というイベントを実施。
環境に配慮した商品を扱う店舗に出店してもらい、期間中にはお店のオーナーたちや環境分野の専門家を壇上に招いてのトークライブも行いました。
「たまたま立ち寄ってくださった方からも、共感の声を多数いただきました。その場でbecoz cardに新規加入してくださる方も多く、出店してくださったお店では通常の催事出店と比べて1.5倍の売上があったと喜ばれました」(吉岡さん)
来場者との会話やトークライブ時の観客も環境への意識が高く、自分たちの提案を真摯に丁寧に伝えていけば、確実に人々の胸に届くとの手ごたえを感じたそうです。
「これからは環境意識の高い人はもちろんのこと、まだそれほど意識はしていない人にも関心を持ってもらえるような工夫をしていきたい」という吉岡さん。
「脱炭素は深刻な社会課題ではありますが、こちらが押しつけるようなやり方ではなく、楽しみながらCO2削減にチャレンジしてもらえる仕組みを作りたいと思っています。そのためにちょっとした工夫でCO2量を削減できることを実感してもらうことが大切だと考えています」(吉岡さん)
より多くの人に興味を持ってもらうために、ポイントの付与やスタンプラリー、ガチャガチャによる特典などを盛り込むといった、エンターテインメントの要素を盛り込んでいくことも考えているとのことです。
少子化に対応した街の再編にはデータ活用が必須
becozのほかにDATAFLUCTでは「TOWNEAR」という、データを活用した新しい街づくりも展開しています。同社では人流データやPOSデータほか、SNSなどの情報を地理空間上に統合して可視化する技術を保有しており、それをもとに人の賑わいや移動を予測することができることから、全国の自治体から街づくりに関する相談が寄せられているそうです。
また森林のCO2吸収能力を測定する技術も持ち合わせているため、森林を生き返らせるための施策提案なども行っています。
取締役CSO/ソリューション事業本部長の吉川尚宏氏は、TOWNEARの事業について次のように説明します。
「人口減少が進む中、多くの地方都市では街のコンパクト化が課題となっています。たとえば鉄道、バスなど公共交通機関では利用者の減少によって、路線の再編に迫られています。しかし闇雲に路線をなくしたり便数を減らしてしまえば、住民の暮しが不便になってしまいます」
「では利用者に不便を強いることなく縮小するためには、どうすればいいのか。それを考えるにはデータにもとづいたシミュレーションが必須です。それを私たちが実施することで、最適な街のあり方を自治体等にご提案しています」
そこでDATAFLUCTでは各自治体が取り組む施策について、衛星データ、気象情報、通信記録、POS、SNS、人の移動、自動車の交通量といった、幅広いデータを組み合わせて、精度の高い測定結果を提供しているのです。
「たとえば自動車のタイヤに取付られたセンサーから得られる情報で、町の中で起こる自動車の渋滞の原因を突き止め、信号の配置を見直したり道路の幅を変える、といったご提案もしています。またbecozの技術開発とも重なりますが、自動車によるCO2排出量を抑える道路のコースを案内するといったこともできます」(吉川さん)
データの裏付けがあってこその社会づくり
この秋から海外からの入国規制が解除され、外国人観光客の賑わいが再び戻ることに期待を寄せる自治体が多い中、「せっかくの機会を生かすためには、データの活用が欠かせません」と吉川さんは言います。
というのも近年、地元の人たちが想定していなかった場所に外国人が集まることも多く、それに対応できないまま、商機を逸してしまっている自治体も多いというのです。
「外国人旅行者が参考にしている情報源には、国内から発信されるものではないものもあるので、地元の人たちが想定していなかったような場所に人が集まってくることが多いのです。そういう場合も、データを活用することによって、どこに外国人が多く集まっていて、何を目的にそこにいるのか即座にわかります。素早く観光スポットとして整備したり、案内やサービスが提供できれば、より多くの観光客を呼び込むこともできますし、満足度の高いサービスを開発して客単価を上げるといったこともできます」(吉川さん)
データを駆使すればチャンスを逃さず、効果的な仕掛けを作ることができる、ということですが、それを言い換えると、もはやデータを活用しなければ街づくりはできなくなったということでもあります。
「地元の人たちにとって住みよい街づくりにも、観光客を呼び込んで地元に賑わいを取り戻すにも、データにもとづいた施策が打てるかどうかにかかっています」(吉川さん)
DATAFLUCTが提供するbecozもTOWNEARも、データ活用によって新しい価値観による人々の行動変容を促す事業という点で共通した事業なのです。脱炭素社会をめざして、人の暮しも街のあり方も変わろうとしている今、DATAFLUCTの存在感は高まっていきそうです。
取材・構成/大島七々三、SD編集部
写真・図/株式会社DATAFLUCT提供