世界中で環境問題への関心が高まったのは、1980年代のこと。以来、今日まで長きに渡って議論されてきたテーマですが、ここに来て「待ったなし」と言われているのはなぜなのでしょうか。それを理解するにはティッピングポイントという言葉を理解する必要があります。
一度スイッチが入ると、もとには戻れない
「ティッピングポイント(tipping point)」とは、直訳すれば「傾く点」。それまで小さく変化していた物事が、ある時点で急激に変化する「転換点」あるいは「分岐点」という意味があります。これが地球環境にも当てはまるのです。
このまま温室効果ガスが増え続け、地球の平均気温が一定の閾値を超えてしまうと、ある時点からスイッチが入ったように爆発的に温暖化が進み、手遅れの事態に陥ってしまうと世界の科学者らが警告しています。
つまり、環境問題におけるティッピングポイントとは、地球の環境維持システムを崩壊させるスイッチが入る瞬間のこと。すると一気に平均気温が4~5度上がると予想されています。
ここで問題なのは、ひとたびスイッチが入ると、その後でいくらCO2削減の努力をしても、二度ともとの環境には戻らない、という点にあります。
もし平均気温が4度上がったら地球はどうなるのでしょうか。科学者による予測シナリオとしてはまず、何万年もの間、地球の冷却装置として機能していた北極圏の氷のほか、グリーンランドの氷床や南極圏の氷柱が急速に溶けだし、水面は数十メートルも上昇すると言われています。(最近の研究では、大気中のCO2の濃度が高まることで、南極の氷柱は溶けやすくなることがわかっています。)
海水温度が上昇すると、サンゴ礁をはじめ多くの海中生物が死に絶え、生態系が崩壊。同時に、アラスカの永久凍土が溶けてしまうことで、メタンガスが大爆発し、古代の細菌やウイルスによる疫病が蔓延する危険性などが指摘されています。
さらにシベリヤやアラスカ、アマゾンで大火災が発生し、広範囲の森林が消失することから地球のCO2吸収能力は一気に低下し、温暖化がさらに加速すると言われています。このようにティッピングポイントを越えてしまったとき、ドミノ倒しのように地球環境が崩壊し、人類の生存は困難になってしまうのです。
スイッチは気温上昇「2度」でONになる
それでは環境問題におけるティッピングポイントはどこにあるのかというと、産業革命前の平均気温から2度上昇すると、いつティッピングポイントを超えてもおかしくない状態になるといわれています。
そのためパリ協定*では、地球環境の防衛ラインである1.5度上昇にとどめる努力を世界の国々に課しているのです。(参照:今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~〈資源エネルギー庁〉)
タイムリミットは2030年
では地球の気温上昇は、現在、どれほどのところにあるのでしょうか。
2018年10月、国連の一組織であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した地球温暖化に関する「1.5度特別報告書」によれば、このままのペースで温暖化が進むと、早ければ2030年には1.5度上昇に達してしまうとの見解が示されました。
その後、ある科学者から2030年より数年早く1.5度上昇に達してしまうとの見解が示されています。
タイムリミットまでわずか数年――。その事実が世界を気候変動対策に駆り立てているのです。
菅元首相が気候変動サミットで世界に宣言した衝撃の環境対策
近年、夏になると世界の国々で記録的なレベルまで気温が上昇し、大型ハリケーンや台風、記録的な大雨による洪水が多数発生しています、さらに、世界のいたるところで大規模な山火事が発生し、干ばつによる食糧危機も起きています。
気候変動による被害が拡大する中で、各国は温暖化対策として、極めて高く厳しい努力目標を掲げ、その達成に取り組んでいます。世界で最も温室効果ガスを排出する中国も、脱炭素に本格的に取り組むことを宣言しました。長年、温暖化対策に消極的な姿勢を取り続けてきたアメリカでさえも、脱炭素に向けた大規模な政策案を議会で可決しています。
日本も例外ではありません。2021年4月の気候変動サミットで、日本の菅元首相はパリ協定の削減目標を大幅に引き上げ、2030年度までに温室効果ガスを2013年比で46%削減すると宣言しました。その影響で、日本の企業も厳しいCO2削減対策が求められるようになっています。
環境の優等生だった日本が世界から避難される理由
日本はかつて環境問題のトップランナーでした。ところがここ10年ほどの間にすっかり欧米に後れを取っています。なぜ日本は世界の気候変動対策の流れから、取り残されたのでしょうか。
その主な要因は東日本大震災です。福島第一原発事故をきっかけに、原発の安全神話が崩れ去り、全国にあった原発の稼働を停止、あるいは廃止することになりました。
国内の電力のおよそ3割を原発でまかなってきた日本にとって、その不足分をすべて再生可能エネルギーに代替することは難しいことから、国民の暮らしと産業を守るため、苦肉の策として石油や石炭をつかった火力発電に切り替えました。
それから10年以上が経過した今も、再生可能エネルギへのシフトは進んでおらず、石炭火力による発電を継続しています。
一方、科学者らの研究によって地球環境の危機的な状況が明らかになったのは、日本がちょうど震災後の対応に追われている頃だったことから、欧米が進める温暖化対策に歩調を合わせることができないまま、今日にいたってしまいました。
ところが積極的な再エネシフトに取り組んでいたEU各国も、2022年2月、ロシアがウクライナ侵攻をはじめたことで、環境が大きく変わりました。ロシアが西側諸国の制裁措置に対抗し、EUへの天然ガス供給を制限したことから、石油や石炭火力による発電を余儀なくされ、脱炭素とは真逆の方向に動きはじめているのです。
そのためティッピングポイントを迎える日がさらに早まる懸念があります。
脱炭素の運動は人類の存亡をかけた戦い
このところ世界の主要国が宇宙開発を巡って激しい競争を繰り広げています。特に中国の技術的な進歩は目覚ましく、火星探査にも成功。すでにロシアを凌ぎ、アメリカと肩を並べるまでになっています。
なぜ、大国は宇宙開発に余念がないのでしょうか。地球環境の危機が叫ばれる中で、各国が宇宙における覇権争いを繰り広げる背景には、人類の宇宙への移住構想も想像してしまいます。今のところ中国はそれを否定していますが、一方では月に一定期間、人間が滞在することのできる施設の建設を計画していることを明らかにしています。
人類が地球を脱出するシナリオは、アニメやハリウッド映画の中だけではなくなっています。
このように見てくると、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが悲痛な面持ちで、世界の首脳や産業界に、大規模な温暖化対策を訴える理由もよりわかりやすくなったのではないでしょうか。
気候変動対策は単なる世界的な社会貢献キャンペーンではなく、人類史上はじめての生存をかけた壮大な挑戦と言えるのです。
文・構成/ 大島七々三